月別: 2018年12月

昼食は塩おにぎりと漬物!辛かった4ヶ月の貧乏生活

これは、私が25歳で自動車販売の仕事をしていた時の話です。

同時、車の売れ行きが悪く、私の成績は0台という月が4ヶ月程続いていました。

勿論、ノルマもあるので、このような成績が続いて焦りも落ち込みもしていました。

給料は基本給がもらえるのみで、手取りは14万円でした。

この上、必要以上の保険加入(様々な保険も売るように会社から言われてました)やら店内ディスプレイ要の備品購入に自分のお金を費やしており、家賃の支払うと月に自由に使えるお金は3万円程の貧乏生活です。

実家なら、これでもなんとか暮らせるとは思いますが、一人暮らしにはきつかったです。

こんなときに絞れるところは食費しか考えられませんでした。

日々、気分も落ち込んでいたので、こういうときこそランチだけでも気分を上げられるお洒落なランチ、いやお洒落じゃなくても美味しいものを食べたいところなのですが、そんな贅沢は出来ません。

この4ヶ月間、私を支えてくれたのは、自前で用意した塩おにぎり2個と漬物です。

有り難かったのは、たまに先輩が海苔をくれたり、デザートの差し入れを頂けた時の嬉しさは、本当に忘れられません。

しかし、車の売れない私には、塩おにぎりと漬物を用意するのが精一杯です。

キャッシングでお金を借りる事も考えましたが、結果的には、車が売れないと収入は変わりません。

結局、この4ヶ月間は、塩おにぎりと漬物で乗り切ることになりました。

さすがに毎日このような食生活ですと、栄養不足や体力不足で体重も落ちて行きました。

ユーザーさんにも「痩せた?っていうよりやつれた?」と聞かれる程でした。

お恥ずかしい事に、ユーザーさんからの差し入れも、このときは色々頂いた覚えがあります。

正直、お金がないってすごく辛かったです。

しかし、お金がないからこそ、得られた人のほどこしや優しさも感じ得られた事もあります。

今、海苔を差し出されても「なんだこれ?」って感じですが、塩おにぎり生活では、涙が出るほど嬉しいですし、梅干し1個のほどこし?も、この上なく有り難いものでした。

この4ヶ月後には、ようやく車も数台、売れる事になり、塩おにぎりのみの生活からは脱却出来たのですが、今もあの生活を忘れていません。

お金で苦しむことがあっても、あの生活を思いだし、最悪、塩おにぎりの生活でも生きては行けると思うと、塩おにぎりへの感謝の気持ちと、今、きちんとした食事をとれていることへの感謝の気持ちが自然と沸き上がってきます。

「若いときの苦労は買ってでもしろ」という言葉がありますが、本当にそう思います。

麺類には助けられた!私が貧乏だったときのマル秘レシピ

人生楽ありゃ苦もあるさ・・・そんな歌のとおり、人間生きていれば誰しも「落ちる」時期というものが存在すると思います。

それは人間関係でのトラブルであったり、仕事であったり、はたまた恋愛であったりと様々だとは思いますが、一番辛いのは金銭面でのトラブルではないでしょうか。

私がまさにそれでした。

詳しいことは省かせて頂きますが、度重なる出費と嵩む借金で、とにかくお金に困りその日を生きて行くので精一杯な時期が1年ほど続きました。

人間ってお金に困ると、精神的にとても参ってしまうんですね。

何をしててもずっと頭のどこかにはお金のことがあり、心から楽しめなかった覚えがあります。

今日は、私のそんなお金に困った時期の体験談を紹介したいと思います。

正直思い出したくもない過去ですが、もう2度とあの時期を繰り替えさないようにという自分への戒めも込めて書かせて頂きます。

あの時期を思い出してみると、浮かんでくるのは毎日の食事に関することばかりです。

「どうすればお腹いっぱい食べれるか・・・」

「どうすればもっと安くすむか・・・」

「もっと豆腐が安く手に入るスーパーはないのか・・・」

「パンの耳が手に入るパン屋はどこか・・・」

そんなことばかり考えていた気がします。

光熱費は衣類などは正直節約を心がけていてもそこまで変わりはありませんが、食に関しては極めればどこまででも出費を削れますので、貧乏になったとき真っ先に削るべきものが食費だと私は思います。

食費を削るのに一番役に立った食品はズバリ、麺です。

主食は米より麺、これは貧乏生活の鉄則です。

特に私は麺の中でもパスタ麺にはお世話になりましたね。

近所に輸入品ばかりを取り扱う激安スーパーがあったので、そこでパスタ麺とトマト缶、冷凍ほうれん草を買い、トマトパスタを作ってよく食べていました。

次によく食べていたのは一玉30円のうどんを買って卵と揚げ玉と冷凍ほうれん草をいれたうどんです。

こう考えると、大体の食事に冷凍ほうれん草をいれていましたね。

冷凍のほうれん草は便利かつ、貧乏生活だと失いがちな野菜も補給できるのでオススメです。

甘いものが食べたくなったときは、パンの耳に砂糖をのせて焼いたものをよく食べていましたね。

パンの耳は本当は揚げて砂糖をまぶすのが美味しいのですが・・・油がもったいないので我慢していました。

とにかく質より量!を心がけて、いかに安く満腹になれるかをいつも考えていました。

今思えば、確かにあのころは辛かったけれど、どうやったらもっと食費を削れるか工夫するのは楽しかったですね。

頑張れば頑張った分だけ成果がでるので。

今回紹介した方法、機会があったら是非試してみてくださいね。

私も久しぶりにあのパスタを作ってみようかな?。

毎月赤字の貧乏生活はつらい!家族みんなで節約生活

20歳で結婚し、主人は一つ下。

できちゃった婚だった私たちは、当時貯金もなく、ギリギリの生活でした。

主人は定職についておらず、子どもが産まれてからも、なかなか合う仕事が見つからず、バイトをしながら生計を立てていました。

しかし毎月赤字…

幸い、家は主人の実家で同居してましたので、家賃光熱費はいらなかった(甘えさせてもらっていた)のでよかったのですが、食費や、子どもにかかる費用、ケータイ代、田舎なので車も必要で車の維持費やローン等など…

結局、主人のバイト代だけでは賄えないので、子どもを6ヶ月で保育園に預け、私は保険会社に勤めることにしました。

同時期に、主人もやっと定職についてくれて、2人で安定した収入を得る計画がやっとたちました。

しかし、マイナスからのスタートだった為、ケータイは使用料未払いで止まったり、家にある売れそうなものをとことん売って日銭を稼いだり、当時は本当に必死でしたね。

1.2年でやっと普通のゆとりのある生活が出来るようになりました。

実家を出て、自分達で住むことも出来るようになりましたが、そんな時に主人に辞令が…
転勤になり、家族みんなで引っ越す事に。

幸い、私も異動させてもらえる会社でしたので、転勤先でも共働きで頑張りました。

しかしそれから1年。

また主人に辞令が…。

たったの1年ですよ??

また転勤で、みんなで引越しです。

今は引越しビンボーで、結局生活にゆとりはなく、また振り出しに戻ったような気持ちです。泣

今の節約生活はというと、食費を削りまくってます!

外食に行きたいと言われれば、公園に安い弁当をもってピクニックに行く。

遊園地に行きたいと言われれば、遊具のある公園に行く。

動物園は入場料安いので、ありがたいですね!

とにかくお金をかけずに子どもたちを遊ばせて、お腹いっぱいにする。

これ大事です!

考えてみると、結局私たち夫婦は、貯金をしたことがなかったので、口座に入ってるお金を余すことなく使うことしか考えてなかったんですよね…。

実家にいる間に貯金をしておけばよかった…

ゆとりある時に、少し辛抱しておけばよかった…

車、ローンでちょっといいやつ買わなきゃよかった…

家計の見直し、ちゃんとすればよかった…

また振り出しですが、今は二人とも仕事はあります。

早く結婚して、苦労した分、後が楽になるよとよく言われます…。(ほんとかな…笑)

ビンボー話が笑い話になるように、家族仲よく頑張ろうと思います??

フリーター時代は大変だった!お金がないときの過ごし方

私は大学を卒業してから就職が決まらずに少しの間フリーターの時期がありました。

この時期は大学卒業を機に一人暮らしを始めたは良いもののいい歳だったので親からの仕送りもなく、自分がバイトなどで稼いだお金で生活をしていました。

生活を始めて最初のほうはお金の面でも節約などに気をつけていたのですが長くなるにつれて段々とお金にルーズになってきてしまい、半年ほどすると給料のほとんどを使い切ってしまい一ヶ月お金がない様な状況になっている事も多々ありました。

私がこんな時にしていたことが、家にいても仕方がないので取り敢えず家を出るという事です。

外に出て周りの人や広告、服装を見るだけでも家で閉じ籠っているよりも気分がだいぶ晴れやかに感じることができて様々な刺激を与えてもらうことができました。

お金がないからこそ他の物に惹かれることもなく、ただただ周りの人を見て色々学んだら、図書館といった公共のお金のかからないところに行き本を読んで時間を潰していたりしていました。

今の私がいるのはこの時にお金が無い時間を本や人の観察などに充てることで学んだ事を生かしているからだと思っています。

お金が無いことによって生活面ではかなり厳しい日々を過ごしていましたがこの時にお金を掛けなくても友人と楽しく過ごす方法であったり、勉強をしていたことは今の人生に役立っているという様に私は感じています。

お金があれば何でも好きな事が出来ますがお金が無かった私には、何をするにしてもお金を掛けずに楽しむという方法しかなったのでお金が無い時にこそ私は様々な事に考えを巡らせていました。

家の中の事でしたらどれだけ料理の材料を減らしてお腹を膨れさせるか、一度使ったものをリサイクルして何かに使えないかなどあらゆる物を大切に使い自分の生活が少しでも良くなるように努力をしていました。

この時のおかげで私は人と話す時のコミュニケーション能力もついたように思います。

誰かと一緒にいたとしてと私があまりお金を使えないので、それでもその人を見楽しませる為には私には話す事しかありませんでした。

飽きさせない為に街中で多くの人の動きを観察して、本を読んでとお金が無いなりに毎日楽しく過ごしていたように私は思います。

今、もう一度あの時のようなギリギリの生活を送りたいかと言われれば、敬遠するところではありますが私の人生の経験としてはとても重要な時期であったことは間違いないという様に私は確信しています。